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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)645号 判決

第一事件原告(第二事件被告、第三事件反訴原告) 島田真砂子

右訴訟代理人弁護士 露木茂

第一事件被告(第二事件原告) 森山明子

第二事件原告(第三事件反訴被告) 森山洋行

第二事件原告(第三事件反訴被告) 森山和典

右両名法定代理人親権者 森山明子

以上三名訴訟代理人弁護士 三木祥史

主文

一、第一事件原告の請求、第二事件原告らの請求及び第三事件反訴原告の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は、第一事件ないし第三事件を通じ、これを三分し、その二を第一事件原告(第三事件反訴原告)の負担とし、その余を第二事件原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一、請求の趣旨

1. 第一事件被告(第二事件原告、以下「被告明子」という)は、第一事件原告(第二事件被告、第三事件反訴原告、以下「原告」という)に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年六月二二日から支払済みまで年二割四分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告明子の負担とする。

3. 第1項につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件について)

一、請求の趣旨

1. 原告は、被告明子に対し金一三九万四三四六円、第二事件原告森山洋行(第三事件反訴被告、以下「被告洋行」という)及び第二事件原告森山和典(第三事件反訴被告、以下「被告和典」という)に対し各金六九万七一七三円、並びに右三名に対し右各金員に対する昭和六一年一二月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 被告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

(第三事件について)

一、反訴請求の趣旨

1. 被告洋行及び被告和典は、原告に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年六月二二日から各支払済みまで年二割四分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 第1項につき仮執行宣言

二、反訴請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の反訴請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(第一事件及び第三事件について)

一、請求原因

1.(一) 原告は、訴外森山繁(以下「繁」という)に対し、次のとおり、合計八〇〇万円を貸し付けた(以下「本件貸金」という)。

(貸付日) (金額)

(1) 昭和五二年六月三〇日 三〇〇万円

(2) 同年八月一日 一〇〇万円

(3) 同年同月一六日 五〇万円

(4) 同年九月一九日 三五〇万円

利息及び遅延損害金 月二・五パーセント

期限 定めなし

(二) 原告と繁は、昭和五八年一月頃、右利息及び遅延損害金を月二パーセントに変更する旨合意した。

2. 繁は、昭和六〇年一一月二八日に死亡した。相続人は、妻の被告明子、長男の被告洋行、次男の被告和典のみである。

3. 原告は、昭和六一年一月下旬、被告明子に対し、本件貸金を同年三月二五日までに弁済するよう催告した。

よって、原告は、右各消費貸借契約に基づき、被告明子に対し金四〇〇万円同洋行、同和典に対し各金二〇〇万円及びこれに対する催告期間経過後である昭和六一年六月二二日から支払済みまで、それぞれ約定による年二割四分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

ただし、利息及び遅延損害金の約定は、当初月三パーセントであったが、昭和五三年九月から、原告と繁との合意により月二・五パーセントに変更されたものである。

三、抗弁

繁は、原告に対し、本件貸金につき、別紙計算書(一)「年月日」欄記載の各日に、「支払金額」欄記載の各金員をそれぞれ支払った。

本件貸金の約定利息は、いずれも利息制限法所定の制限を超過するところ、各支払金額のうち同法所定の制限を超過する金額を元本の弁済に充当すると、別紙計算書(一)記載のとおり、昭和五七年一一月一七日の二〇万円の支払によって、元本が完済となった。

四、抗弁に対する認否

別紙計算書(一)記載の支払のうち繁が原告に対し、昭和五三年六月三〇日までに二四万円、同年七月三一日までに二四万円、同年八月三一日までに二四万円をそれぞれ支払ったことは認否する。また別紙計算書(一)記載の支払金のうち、次のものは、本件貸金とは別口の期限の定めのない無利息の貸金の弁済として支払われたものである。

(支払日) (金額)

(1) 昭和五三年九月二八日 四一万五〇〇〇円のうち二一万五〇〇〇円

(2) 同五四年一二月二四日 三〇万円のうち一〇万円

(3) 同五五年一月二六日 七二万円

(4) 同年二月一八日 二〇万円

(5) 同年九月二九日 二〇万円

(6) 昭和五六年三月二三日 一〇万円

(7) 同年同月三一日 一〇万円

右(1)(2)は、原告の繁に対する昭和五三年三月八日付貸金三〇万円の弁済である。

右(4)ないし(7)は、原告の繁に対する昭和五五年一月三〇日付貸金九五万円のうち六〇万円の弁済である。

別紙計算書(一)記載のその余の支払の事実についてはこれを認める。

右支払によって、元本が完済になったとする点については争う。

五、再抗弁

1. 利息制限法第一条第二項は、債務者が同条第一項の制限を超過する利息を任意に支払ったときは、同項の規定にかかわらず、その返還を請求することができない旨を規定しているが、それにもかかわらず、最高裁判所昭和三九年一一月一八日大法廷判決(民集一八巻九号一八六八頁)は、過払利息の元本充当を認めた。この判例は、経済的弱者の立場にある債務者の保護を目的とする利息制限法の立法趣旨に則ったものである。従って、債務者が高利金融業者であって、経済的弱者として保護される必要性のないような場合には、右判例法理は妥当しないというべきである。繁は、金融業を営む有限会社南国信販の取締役で、実質的な経営者であり、原告から借り受けた金員を、より以上の高利で融資し、利鞘を稼いでいた者であるから、そのような保護を要せず、従って繁が任意に支払った制限超過利息は元本に充当されない。

2. 高利貸業者は自己のためには制限超過利息の元本充当を主張しないという慣習法が既に確立している。従って被告らの元本充当の主張は右慣習法に違反する。

3. 被告らの元本充当の主張は、信義則に反する。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1の事実のうち、繁が、金融業を営む有限会社南国信販の取締役であった事実は認めるがその余の主張は争う。

2. 再抗弁2及び3の事実は否認する。

(第二事件について)

一、請求原因

1. 第一事件請求原因1のとおり、繁は原告から合計八〇〇万円を借り受けた。

ただし、利息及び遅延損害金の約定は、当初月三パーセントであったが、昭和五三年九月から、原告と繁との合意により月二・五パーセントに変更されたものである。

2. 第一事件抗弁のとおり、繁は利息制限法の制限超過利息を支払い、その結果別紙計算書(一)記載のとおり、四一四万九八三八円が過払いとなった。

3. 第一事件請求原因2のとおり被告らは繁を相続した。

よって、昭和五七年一〇月一九日以降の過払分金四一四万九八三八円は、繁の損失において原告が法律上の原因なくして利得したものであるから、被告明子はその二分の一にあたる金二〇七万四九一四円、同洋行、同和典は各金一〇三万七四五七円の不当利得返還請求権を相続により取得したのであるが右金員のうち、被告明子は金一三九万四三四六円、被告洋行、同和典は各金六九万七一七三円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六一年一二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実のうち、昭和五三年九月以前の利息が月三パーセントであったことは否認し、その余は認める。

2. 請求原因2については、第一事件抗弁に対する認否のとおり。

3. 請求原因3については、第一事件請求原因2に対する認否のとおり。

三、抗弁

1. 第一事件再抗弁1ないし3のとおり。

2. 繁は、昭和五七年一〇月一九日以降の各支払の当時債務が存在しないことを知っていた。

四、抗弁に対する認否

1. 第一事件再抗弁に対する認否のとおり。

2. 抗弁2の事実は否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、第一及び第三事件について

一、請求原因について

原告及び被告明子各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件各消費貸借契約の利息及び遅延損害金は、貸付当初は月三パーセントの約定であったところ、昭和五三年九月ころ、原告・繁間で月二・五パーセントに変更する旨の合意が成立した事実が認められる。その余の請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二、抗弁について

1. 原告及び被告明子各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、繁は原告に対し、本件貸金に対する月三パーセントの割合による利息として少なくとも昭和五三年六月三〇日までに二四万円、同年七月三一日までに二四万円、同年八月三一日までに二四万円を支払った事実が認められる。

2. 次に別紙計算書(一)記載の支払金のうち、(一)昭和五三年九月二八日支払の四一万五〇〇〇円中の二一万五〇〇〇円、(二)同五四年一二月二四日支払の三〇万円中の一〇万円、(三)同五五年一月二六日支払の七二万円、(四)同年二月一八日支払の二〇万円、(五)同年九月二九日支払の二〇万円、(六)昭和五六年三月二三日支払の一〇万円、(七)同年同月三一日支払の一〇万円については、支払の事実は当事者間に争いがない。右(一)の支払金のうち二一万五〇〇〇円、(二)の支払金のうち一〇万円について、原告本人は別口の貸金の弁済である旨供述するが、被告明子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二号証の四によれば、繁作成の帳簿に昭和五三年三月一一日借入の三〇万円は同月二九日一〇万円、同月三一日二〇万円の二回にわたって返済した旨記載されていることが認められることに照らすと、原告本人の右供述のみによっては、右二口の合計三一万五〇〇〇円が別口債権の弁済であると認めるに足りない。(三)ないし(七)の支払金について、原告本人は別口債権の弁済である旨供述し、成立に争いのない甲第四証によれば、昭和五五年一月三〇日原告から繁に対し九五万円の送金があったことが認められる。しかし、(三)の七二万円については、これに対応する債権の存在を認めるに足る証拠はなく、(四)ないし(七)の合計六〇万円についても原告本人尋問の結果のみによっては、これが右九五万円の送金による貸金債権に対応する弁済であることを認めるに足りない。してみれば、右(三)ないし(七)の支払金も本件貸金に対する弁済であると推認される。

3. そうすると、繁が支払った利息制限法所定の制限を超える利息については、民法四九一条により当然に残存元本に充当されるから、別紙計算書(二)記載のとおり昭和五七年一〇月一九日の二〇万円の支払をもって元本は完済されたこととなる。

三、再抗弁について

1. 再抗弁1(制限超過利息の元本充当の例外)

繁が金融業を営む有限会社南国信販の取締役であった事実は当事者間に争いがなく、被告明子本人尋問の結果によれば、繁は右会社の実質的な経営者であった事実が認められる。しかし、債務者が利息制限法所定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息・損害金を任意に支払ったときは、右制限をこえる部分は、民法四九一条により、残存元本に充当されるものと解すべきであるとの判例法理が、債務者が「経済的弱者」である場合にのみ適用され、そうでない場合には適用されないと解すべきであるとの原告の主張は、そのような区別の基準としての「経済的弱者」という概念の不明確性の故に、採用することができない。

2. 再抗弁2(慣習法の存在)

原告主張の慣習法の存在については、これを認むべき証拠がない。

3. 再抗弁3(信義則違反)

被告らの主張が信義則に反するというべき事実を認むべき証拠はない。

第二、第二事件について

一、請求原因に対する判断は、前記第一、一及び二説示のとおりであって、結局、繁は別紙計算書(二)のとおり、昭和六〇年一一月七日までの利息制限法所定の制限をこえる弁済により、四一一万五三四二円を過払いしたこととなる。

二、次に、抗弁2(弁済者の悪意)について判断する。

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、本件貸金は、原告の実弟である繁が、二人の子を抱え夫に先立たれて収入の道がなくなった原告に対し、その生活を援助する趣旨も含めて原告から八〇〇万円の融資を受け、これを南国信販の金融業の経営資金として運用し、そこから原告に高率の利息を支払う旨約した事実が認められ、調査嘱託の結果及び原告本人尋問の結果によれば、繁は昭和六〇年一一月二八日に死亡する直前の同月七日まで毎月利息の支払を継続していた事実が認められ、さらに、前述のように繁は金融業を営む有限会社南国信販の取締役であった事実が認められる。これらの事実を総合すると、繁は、本件貸金の利息額が利息制限法所定の最高限を超えているものであること、超過部分の支払は当然元本に充当され、計算上過払が生じた場合にはその返還請求ができることを十分知悉しながら、実姉である原告の家計を助ける目的もあって、計算上は元本完済後も返還請求の意思なく引続き送金を継続していたものと推認することができ、右推認を妨げるべき証拠はない。

そうである以上、民法七〇五条により、被告らは原告に対して、過払部分の返還請求はできないものというべきである。

第三、結論

以上の次第であるから、原告の第一、第三事件の各請求及び被告らの第二事件請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

〈以下省略〉

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